アルディア

<海の巨人>

 ミクちゃんのフォルティスにより使徒が蘇ると、ラルドゥラが帰ってきた。 

 俺たちはイヴィルの家に置いてきたメルとルビィさんを迎えにいった。 

 イヴィルに礼を言って別れると、俺たちはアシェルフィの家に帰り、仲直りをした。 

 それを見計らったかのように、アクタカが現れた。 

 厚かましくも食事中の居間のテーブルに現れたアクタカは、テーブルの上を歩きながら、睨み付ける俺たちを見下ろしていた。 

アクタカ「元の鞘に納まったということか、アルシェの使徒諸君」 

セレン「もう騙されねぇぞ、おしゃべりな悪魔め」 

「騙す?私はお前たちを騙したことなどない。お前は世界の歪み。テームスの復活を解いた。その事実に変わりはない。使徒らよ、それでもこの少年を恨まずにいられると?」 

オヴィ「そのとおりだ」 

 迷わず答えるオヴィ。アクタカはぴくっと眉を上げた。 

「だが、この少年はアルシェの使徒ではないのだぞ」 

リュウ「そりゃそうでしょうねぇ。なにせルシーラは使徒には勘定しないのですから」 

 アクタカは顔をしかめて押し黙った。 

リュウ「騙したことがない……ですか。嘘はつかわなったかもしれませんが、人を誤った方向へ誤解させましたよね。それは騙す以外のなにものでもない。嘘ではないが、貴方は我々を騙しました。セレンはルシーラ。そしてルシーラは使徒ではない。ついでにいえば、12使徒はセレンを除いた分、もう一人いるということです」 

アクタカ「お前……どこでそれを……」 

リュウ「親切な水晶さんが――ね」 

 リュウは言うが早いかアクタカを居合いで斬り捨てた。 

 腕を切り飛ばされたアクタカは悲鳴を上げて逃げ去った。 

ギル「追うぞ」 

 窓を破って逃げたアクタカを追う。 

 アクタカはものすごい速さで飛んでいった。俺たちは即座に追いかけた。 

 追うのもうんざりするくらいの時間が流れた後、ついに俺たちはテージュ海の上まで来てしまった。 

 ついに観念したのか、アクタカが海上で静止する。 

セレン「観念したようだな」 

「くくっ……何を言っている。私がなぜここに来たか分かってないようだね、世界の歪み」 

「その呼び方、止めろ」 

 アクタカは残った右手で長い杖を振ると、なにやら呪文を唱えた。海に向かって魔法を投げかける。 

「……なんだ?」 

 しかし何も起こらない。俺たちは顔を見合わせる。 

「おい、何をした」 

「くく……これでアルバザードは終わりだ、世界の歪み」 

「??」 

 俺たちが用心深く海を見ていると、海面が揺れ、大波が起こり、割れ目ができた。 

「なっ!」 

 そしてその割れ目の中から赤い色をした巨人が現れた。 

オヴィ「おいおいおい、なんだよあいつは!」 

クリス「アンタよりでかいわねぇ」 

オヴィ「1万倍くらいな!」 

 突如、海の中から巨人が現れたのだ。どう見ても海の深さより大きい。どこからやってきたのだろうか。地下から?あるいは海底で寝ていたのが立ったとでもいうのだろうか。 

 答えは分からない。だが緊急事態だというのは確からしい。 

セレン「皆、ひとまず逃げるぞ」 

リディア「え、逃げちゃうの!?カテージュの人、死んじゃうよ!」 

「まずはこいつの戦力を分析しなきゃ俺たちがやられる。俺たちがやられればカテージュどころかアルナも終わりだ」 

リディア「……わかった」 

 巨人が手を伸ばす。右手を上にあげると、その大きな手のひらから天に向けてユノを放つ。 

「これでアルバザードは終わりだぁ!くくくく……あーっはっはっは!」 

 しかし巨人のユノは高笑いをしていたアクタカを照射した。 

「な……なぜだぁ!」 

 あからさまな用済み感とともにアクタカは消し飛んでいった。 

リュウ「とりあえず相手の戦力は分かりましたね。あれを陸にあげたら終わりです」 

パール「やはりカテージュに入る前に食い止めましょう!」 

セレン「武器をしまえ。あれに切りかかっても意味がない。全員でヴィードを放て。それで倒すしかない」 

使徒「了解!」 

 俺たちは意識を集中すると、ヴィードを高め、ユノを照射するかあるいは魔法を撃つか、いずれか得意な方で巨人を攻撃した。 

 全力でヴィードを照射すると、巨人は世界中に響きそうな声をあげ、動きを止めた。その後、反撃としてユノをあたりに照射した。 

フルミネア「危ない!」 

 ユノの量が先天的に極めて多いフルミネアがとっさにバリアを張って全員を守った。 

セレン「あぶなかった……今の反撃を食らったら俺たちも消し飛ぶところだったな」 

リディア「それにしても全員の一撃をくらっても死なないなんて……」 

 と言いかけたリディアがくらっとしたので俺はとっさにその体を抱いた。 

「おい、大丈夫か!」 

「へーき。ちょっとふらふらしちゃっただけ……」 

 巨人はカテージュへ向けて歩き出した。リュウは何か小さな機械で巨人を測っている。 

ギル「おい、なんだそれ」 

「速度を計算しているんです。……セレン、今のままでは巨人はあと6時間でカテージュに上陸します」 

6時間……か」 

リュウ「しかも、それはあくまでこちらが攻撃を続ければの話です。攻撃をやめれば進行速度は上がり、数時間で上陸する計算です」 

「まいったな……」 

オヴィ「どうする、セレン」 

クリス「また皆で撃ってみる?」 

「いや、相手のダメージは確認できた。問題は俺たちの体力が続かないことだ。だからって攻撃の手を緩めるわけにいかない。そこで、これから第2波を撃つが、体力の残っているもの6人だけ集まるんだ」 

クリス「6人?」 

「あぁ、まず6人が撃つ。その間残りの6人は休んでおく。そして巨人が攻撃から回復して速度を速めたころを見計らって、休んでいた6人が撃つ。その間に最初に攻撃をした6人は休んでおく。これで攻撃をし続けたまま6時間稼げる。これが攻撃回数を最大にしながら時間を延ばす唯一の手段だ」 

ザナ「43部隊じゃだめかな?」 

セレン「あいつの動きを止めるには6人はいると思う」 

ザナ「だよな……」 

セレン「また、6人のうち1人は反撃のユノから6人全員を守るためのバリアを張る。攻撃はするな。バリア用に力を使え。1人はフルミネア、もう1人は……そうだな、俺がやる。はじめの6人を決める。俺側の5人、来い」 

 以後、アルシェの使徒はこの作戦で巨人を攻撃し続けた。巨人は体力はあるが知能はないようで、ひたすら同じ手段を喰らい続けた。 

 だが巨人は固く、倒せるかどうか不安になってきた。しかし、倒すしかないのだ。 

 巨人はもうテージュまで迫ってきた。 

オヴィ「まずいぜ、セレン。向こうも相当へばってるが、次で倒せなきゃ上陸されちまう。12人全員で撃とうぜ」 

クリス「けど、それで倒せなかったらそれこそ次がないわよ」 

 俺たちは焦っていた。 

セレン「リュウ……どう思う?」 

「相手の体力が分かりません。どちらが良いか言い切れません。もう、運に頼るしか……」 

「お前がそういうくらいじゃ本当に運頼みなんだろうな。よし、じゃあこうしよう。オヴィ、コインを貸せ」 

「おう……って、お前まさか……」 

フルミネア「テージュなだけにテール任せって言うんじゃないでしょうね……」 

セレン「まぁそんなとこだ。表が出たら全員で攻撃。裏が出たら今までどおり6人でだ」 

リディア「……わかった……時間、ないもんね。運命に従うよ」 

 ピンとコインを弾いた。コインは海の生暖かい風に吹かれながら俺の手のひらに落ちた。 

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<思春期>

 イムル1595年になってまもない冬のころ、異世界の救世主セレンは14歳になった。私の娘は次の夏で11になる。 

 10歳の娘は7歳のころから付き合ってくれたこの少年に恩義ではなく愛情を感じ始めたようだ。無理もない。こうなるだろうことは十分予想していた。 

 彼はいい子だ。私も気に入っている。願わくば、彼らが愛し合い、やがてテームスを倒して幸せな家庭を築くことを。 

 彼が14になった日に、娘は彼の彼女になったそうだ。しかもおしゃべりな悪魔にかけられた呪いをキスで破って。私の子供のころを思い出すような素敵な話。 

 積極的なところは私に似たのだろう。かわいい娘だ。 

 あの子はキスをしたことで、初めて自分が女なんだということを自覚したようだ。自分が女だと自覚したのと同時に、相手が男だと自覚したらしい。ようやく恥ずかしいとかそういう気持ちが持てるようになったようだ。 

 今まで男女という性別の違いを何も感じていなかった暢気な娘だったが、この淡い恋を期に、思春期に入ったみたい。 

 ふふ、これからが色々と受難だわよ。 

 でも、まずはおめでとう。わが娘、リディアよ。 

 私はペンを置くと、日記を閉じた。 

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<少女の背には長すぎる杖>

 ある日のこと。今日はセレン君の誕生日。なぜか彼は自分の誕生日は思い出すことができたのだ。でも、今となっては折角の誕生日でも本人がいないので意味はないのだけれど。

 私はミクちゃんと一緒に寝ていた。ミクちゃんは緊張感なくあっさり寝てしまったけど、私は全然寝付けなかった。

 冬なのに布団が暑くなってきたので、私は一旦部屋を出て涼みにいった。

 自分の部屋に戻ると、ドアの隙間に手紙が挟まっているのに気付いた。しゃがんで拾うと、そこには見慣れた文字で内容が書かれてあった。

 私はドキっとした。それはセレン君の汚い下手な文字だった。しかも字を間違えていた。ちゃんと勉強しないからだよ……。

 ため息をつきながらも私は興奮して開けた。するとそこには「屋上で会おう」と書かれてあった。

「えっ!」

 心臓が跳ね上がった。セレン君が今ここに来ているの!?帰ってきてくれたのね!

 私は涙が出そうになった。オヴィ君がやられて、その上みんなまでいなくなってしまって途方にくれていた私にとって希望の光に思えた。

 そして……それとは別の感覚の、なんだか初めて感じる胸のどきどきがあった。そうだ、私2カ月前に彼に自分の気持ちを告白したんだ……。あのときは何も聞けなかったけど、セレン君はどう思ったんだろう。私のこと、どう思ってるんだろう。

 私はパジャマのまま走ろうかと思ったけど、外はオヴィ君を殺した奴がうろついている恐れがあるので、一旦部屋に戻り、着替えて武器を装備してから屋上へ出た。

「ふふ、セレン君たら屋上に呼び出すなんて。きっと気まずくて入ってこれないんだわ。私に仲を取り持ってほしいのね。でも皆がいなくなっちゃったことを説明しないとなぁ。彼がいればみんな戻ってくるよね。それにしてもメルも一緒なのかしら。久しぶりだわ。大きくなったかなぁ」

 屋上へのドアを開け、ひょっこり首を出して登ると、そこにはセレン君が立っていた。

「セレン君っ!」

 思わず駆け寄った。

「リディア……」

 セレン君は冷たい眼のまま立っていた。

「久しぶり……だね。メルは一緒?」

「いや……」

「そっか……。会えて嬉しい」

「リディア、場所を変えようか」

「え……ここでも平気よ」

 なにせみんないなくなっちゃったからね……。でもセレン君はそんな事情を知らないわけだから、しょうがないか。まだ戻ってくることに警戒心があるのね。

「んと……そうね。じゃあやっぱり場所変えてもいいよ。そこの森でいい?」

「あぁ」というとセレン君は飛んでいった。

 森まで付いていくと、私は魔法で灯かりを作った。

「寒いね~」

「あぁ……」

「ねぇセレン君、何も心配しなくていいからね。気まずいかもしれないけど――」

「リディア」

 私の言葉を覆うようにセレン君は言った。そして剣を抜いた。

「どうしたの、敵?」

 私は警戒した。けど……何か違う。私はセレン君を見た。

 彼が剣を抜くときは戦闘の合図。昔からそう。でも、今回は何かが違う。だって……明らかに彼はその剣を私に向けているのだから……。

 とっさに後ろを振り向く。……誰もいない。敵は後ろにいない。じゃあどうして彼は私に剣を向けているの……?

「武器を構えろ、リディア」

「な……なに言ってるの、セレン君……」

「あとはお前とミルフだけだ」

「――!!」

 一瞬、意味が分からなかったが、突如、私の頭を黒い推測がよぎった。

「ねぇ、それ……どういう意味?」

 するとセレン君は近くにある岩に灯かりを向けた。

 それはよく見ると岩じゃなくて氷だった。そして氷の中にはクリスの顔があった。氷漬けにされた彼女は胸に穴を開けたまま眼を閉じていた。

「ひっ……!」

 尻餅をついてしまった。恐怖で腰が抜けたのだ。

「クリス……!そんな……どうして……」

「次はお前の番だ、リディア」

「まさか……ほかのみんなもこうして……そんな……そんな……」

 ようやく分かった。みんな、私たちを裏切って出て行ってしまったんではなかったんだ。今の私と同じように、セレン君に呼び出されたのだ。呼び出された人は、セレン君が皆に会うのは気まずいだろうと察してあげて、一人でセレン君のところに行ったのだ。あのリュウ君さえも疑わず……。そしてここに呼び出され……氷漬けに……。

「立たなければ斬るが?」

 私はよろよろと立ち上がった。

「貴方を殺すなんてできない。倒して捕まえる!」

 魔力を集め、炎を放った。だがセレン君はあっさり剣で炎を切り裂いた。ぐっと私に近付くと、おなかを殴ってきた。私は苦しくて思わずうずくまった

「あぅっ……ちょ……まって、痛い……!」

 だけどそれもむなしく、私は顔を横殴りにされて地面を転がった。痛い……いたいよぉ……なんで好きな人に殴られなきゃいけないの……おかしいよ、こんなの……。

 やっぱりムリ、好きな人となんか戦えない。私はなんて弱いんだろう……。

「……だめ……やっぱりムリだよ……お願い、殺さないで。ねぇ……好きなんだよぉ」

「戦わないのか?……じゃあ、さよならだ」

 セレン君は腕を引くと、私の胸に剣を突き刺した。

 熱い……痛い……苦しい……どうしてこんなことに……。

 灯かりに照らされて彼の眼が映った。

 私は目を見開いた。

 なんだ……これ。

 彼の眼は……おかしい……目が曇っている……まるでlentisに操られた人形のよう……。

 まさか……。

「セレン……君」

 私は胸に刺さった剣を握る。彼は剣を抜こうと私の胸を蹴るけど、離さない。

「貴方……操られているんじゃないの……?」

 喋るたびに血が出る。だめだ……私は助からない。でも……最後に残ったミクちゃんは救わないと……。そしてセレン君を正気に戻さないと……。でも、どうすればいい?解呪の魔法なんて私は使えない。

 せめてミクちゃんにこのことを伝えないと……。でも私の命はあと数分もないだろう。私は……何もできないのか。

 悔しい。好きな人に殺されるならせめて彼の意思で殺してほしかった。lentisの人形なんかに殺されたくない。こないだ私が彼に告白したときも彼は操られていたのね。あのときはオヴィ君を殺しにきたんだわ。

 なんてこと。私の気持ちは伝わってなかったのね。

 そんなの……いや。

 私は残った力で彼の肩に手をかけ、全力で体を引き上げた。

 そして彼の頭に手を回すと、私は彼にキスをした。

 セレン君の目が月のように丸くなる。それと同時に眼の曇りが取れていった。

「リ……リディア?」

 震えるようなセレン君の声。

「な……なんでお前こんなところに……。いや、それよりここはどこなんだ……?」

 正気に戻ったセレン君。

 え……もしかして、今ので呪いが解けたの……?

「セレン君……よかった」

「お、おい、お前ひどい怪我じゃないか!早くフルミネアにケアを!」

 私は静かに微笑んで首を振った。

「よかった……帰ってきてくれて。じゃあ最後にもう一度、言うね」

「え……」

「……すき」

 泣きそうな彼の顔は子供みたいでかわいかった。

 確か、俺の最後の記憶は秋の終わりか冬の始まりだ。墓守をしている最中に魔石から召喚獣を出して……その帰りに謎の女の子と別れてから……そうだ、アクタカに会って……。

 あれ……それからどうなった?なんでいきなりこんな寒くなってるんだ?そしてなぜ俺はリディアの胸を刺した状態で立っていたんだ!?

 いや……まて……うっすらだが記憶にあるぞ。アクタカに何か魔法をかけられた後、俺はメルを置いて家を出た。そしてここに帰り……パールの誕生日くらいだったか……オヴィを斬った……そうだ、斬った覚えがある……。

 そのときリディアに好きだといわれたんだ……。

 だが俺はその場を去ってしまい、それから一人ずつ使徒を氷漬けにし、今……リディアを……。そして彼女が最後に力を振り絞って俺にキスしたことで呪いが解けたのだ。

 なんてことだ、俺はアクタカに操られ、仲間たちをこの手で……。

 剣を落としてしまった。立ってもいられず、俺は地面に倒れこんだ。

 とそのとき、がさがさと音がした。アデルか……?

 だが出てきたのはミクちゃんだった。背丈に合わない長い杖を持っている。

「リーダーさん、おひさしぶりですぅ」

「あ……あぁ……久しぶり。それよりミクちゃん、どうしてここが」

「正気に戻ってよかったです。みなさんの体はここにありますかぁ?」

「あ……し、死体のことか……なら全員分ここにある。オヴィのを除いてな」

「わかりましたぁ」

 ふわふわした喋り方でミクちゃんは喋る。手をくいくいと動かし、空中に向かって来い来いとジェスチャーをする。すると木々の間から棺が飛んできた。

 中にはオヴィが入っていた。

「なぁ……その杖ってもしかして……」

「フォルティスです。ねぇ、リーダーさん」

 ミクちゃんはいつものくすくす笑いを初めて止めて喋りだした。

「大切なものは失くして初めて気付く。……失くして後悔したときはもう遅い。でも誰かが元に戻してくれるとしたら、貴方はもう二度と同じ過ちを繰り返しませんか?」

 刺すようなミクちゃんの声。それは彼女が始めて見せた「笑わない顔」だった。

 そのとき、ぽっと緑色の光が起こったような気がして俺は眼を動かした。光は一瞬で消えてなくなった。

 なんだ今の……まるで蛍みたいな光だったな。

 いやまさか。こんな季節にいるはずがない……。

「過去を戻せたら二度と同じ過ちはしない、か……。あぁ、約束するよ……」

 するとミクちゃんはすっと小さくお辞儀した。

「はい、ルシーラさま。では、妖精さんが一度だけ後悔を改める機会をさしあげましょう」

 すると彼女の体は白く光りだした。少女の体には長すぎる杖をゆっくり振ると、氷の棺が音を立てて割れていった。白い光が使徒たちの体に入ると、みな生気を取り戻し、顔色は赤みを帯びた。

 俺はリディアを見ていた。胸に開いた傷は塞がり、青ざめた顔は血の気を帯び、唇は桃色に戻った。俺はその唇を見て、顔が赤くなるのを感じた。

 ふっとリディアが眼を開いた。永い眠りから醒めたような、それでいてうたた寝から醒めたような、そんな不思議な感じだった。

 リディアは俺を見ると、にこりと微笑んだ。

 俺は彼女の手を取って、恥ずかしそうに、鼻を指で擦りながらぎこちなく言った。

「……じゃあ、俺たち付き合う?」

 なんだかリディアが今までになく可愛く見えた。彼女は嬉しそうに頷いた。

「――はい。」

*当時アルシェと喧嘩別れしていたのだが、リディアが来日して、西武線

の練馬駅

の古い改札で終電なくして話してて、キスされた。軒があって、寒いのにその下で話していた。役所のある方面の改札だが役所から最も離れた改札で、今は軒とかあるんだろうか。券売機だって変わっていることだろうな。改札ごとなくなっている可能性だってある。

 その役所で別の女との婚姻届と離婚届を取ったのは因果だな。ともあれそれがきっかけで付き合い、アルシェにも戻った。当時舞い上がっていたが、今考えれば当時彼女は10歳だから、小学校4年生くらいの女の子にキスされて、もう中3になろうとしている男子が舞い上がっていたわけか。ちなみに帰りは歩いたが、道が分からないので一晩たっても数駅分しか歩けず、ほぼ始発で分かれた。

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<一人ひとり>

 オヴィ君が殺された次の日、朝になってもギル君は戻ってこなかった。セレン君もやはり飛んでいってしまったままだった。

 朝ごはんに降りてこないことでみんなはギル君がいなくなったことに気付いた。私は昨日の夜のことを告げると、みんなはうなだれてしまった。そして彼の部屋を漁った後は、ますます言葉を失ってしまった。

 みんな、彼が自発的に家出したと知ってしまったのだ。ギル君の装備は部屋になかった。オヴィ君がやられたことがそんなにショックだったのだろうか。だからってみんなを捨てて出て行ってしまうなんて……。あの優しいギル君が……そんな……。

 みんなは黙って学校に行った。でも授業中も虚ろだった。

 その夜、私たちは食事中も話すことなく、過ごしていた。私は空いたセレン君たちの席を見るたび泣きそうになって、喉が締め付けられるみたいで、食べられなかった。

 クリスが「やつれたわねぇ」といって私を撫でてくれた。元々痩せてて小さい私なのに、もっと痩せちゃったみたい。

 その日はクリスと一緒に寝た。クリスは暖かくていい匂いがした。私は安らかに眠れた。

 次の朝、起きたらフルミネアがいなくなっていた。

 私は愕然とした。彼女もまた装備を持っていなくなっていたのだ。

 それからというもの、最悪だった。朝起きると必ず誰かがいなくなっていた。

 パールが消え、ザナ君が消えた。居間の食卓は無駄に大きいだけのテーブルになってしまった。

「ねぇ」ある日の夕食。私は疲れたため息を吐きながら呟いた「リュウ君はいなくならないよね?」

 彼は「もちろんです」としか答えなかった。

 私はその日、クリスと身を寄せ合うようにした。

 だけど、リュウ君は約束を破って、次の日にはいなくなっていた。私はもう誰を信じればいいのか分からなくなった。

 私のほかに残った使徒はクリスとミクちゃんだけ。

 ミクちゃんも心細いだろうと思って3人で寝ようとした。けど、ベッドが小さくてムリだって分かった。そしたらクリスが今日は私とミクちゃんが一緒に寝るようにと言って自分の部屋へ行った。

 私はクリスを信用してたから、特に何も感じなかった。

 ――だから次の日起きてクリスがいなくなっていたときには、もう言葉が出なかった。私はショックで動けなくなってしまった。

 もう……私とミクちゃんしかいないんだ……。

 先生とアンジュさんと私とミクちゃんだけ……4人しかいない。

 セレン君を追って出て行ったメルと、セレン君が去った日、早々に出て行ってしまった使徒、そして殺されたオヴィ君と、出て行ったみんな。残る使徒は私とミクちゃんだけだ。

 みんながいない家に意味なんてあるの?

 私も……サプリに……帰るの?……お母さんと暮らした……サプリ……。

 そうね、もうこんな大きな家、さびしいだけだよね。あぁ、そうか、みんなこうやって出ていっちゃったんだね。

2007年12月11日 (火)

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<悲しい誕生日>

mel 6 dia nee

 今日はパールの誕生日。みんなでお祝いをしている。どうしてパールが自分の誕生日を知っているのか、私は知らない。でも、本人がそう言ってるのだから、誕生日でよいのだと思う。 

 セレン君がいなくなってから、もう3カ月だ。異性魔王は来ないけど、アデルは現れる。私たちはすっかり元気を失っちゃったけど、アデルが来れば街を守るしかない。 

 今日は珍しくみんなに笑顔が戻った。お祝いだから。でも、みんなどこか虚ろ。無理して笑ってる。なんだか、悲しい誕生日……。 

 私はセレン君がいなくなってから、随分泣いた。毎日泣いて、どれだけ泣いたか分からないくらい。どうしてこんなに悲しいのか分からない。お母さんが死んじゃった悲しみをセレン君がせき止めていてくれたのか、彼がいなくなって一気に悲しみに襲われたみたい。 

 こんなに彼の存在が大きいって思わなかった。なんでこんなに私は虚ろなのか分からなかった。そしたらクリスがこう教えてくれた。 

「リディア、あんたセレンが好きなのよ」 

「どういうこと?」って私は聞いた。うん、すきよ。an san-e la 

「そうじゃなくって、ti laf-e laなのよ」 

「うん、一緒にいたいよ、an laf-e la 

「それは親と一緒にいたいlaf-eじゃなくて、hatiaなのよ。ti na-i hatia al la 

「えっ」と思った。恋……って何だろう。これが……恋なの?お話の中で出てくる、男の子と女の子が好きになって……でもそれは友達の好きじゃなくて……もっとそれ以上の……そうか、そうなんだ。いなくなったのがオヴィ君だったらこう思ってた?多分、違う。悲しかったは悲しかっただろうけど。 

 そうか……これが恋なんだ……。私、セレン君に恋してたんだ……。失って初めて分かったんだ……。 

 私は床に体育座りをしていた。急に涙が出てきて顔を膝に埋める。 

 ……いらないよ。 

 これが恋だって言うんなら、私、こんなのいらない。 

 何でみんなこんな苦しいものを欲しがるんだろう。 

「リディア?」 

 クリスに呼ばれる。そうだ、今はパールのお祝いだった。思い出してる場合じゃない。 

「大丈夫?」 

「う、うん。大丈夫だよ、だよ」 

「冷えたんじゃない?毛布もってくるわね」とクリスが居間を出る。 

 私がぼーっとドアを見ていると、キャーというクリスの悲鳴が聞こえた。 

ギル「どうしたっ!?」 

 男の子たちが慌てて階段へ向かう。そして彼らの悲鳴。私も駆け寄る。 

 階段を登った廊下に、クリスがいた。そしてその横でオヴィ君が寝ていた。 

クリス「オヴィ……オヴィ……」 

 クリスが泣きすがる。 

 ……え……なに、どうしたの……。 

リュウ「治療します、どいてください」 

 クリスは首を振る。 

「もう……手遅れよ」 

 …………え?なにが? 

ギル「くそっ!誰のしわざだ!?」 

 オヴィ君を氷の棺に入れ、私たちは居間へ戻った。本当に悲しい誕生日になってしまった。 

リュウ「遺体は斬られていました」 

クリス「戦闘の跡はあったの?」 

 リュウ君は無言で頷いた。 

「彼の斧が落ちていました。手に持っていたようです」 

ザル「オヴィをやるなんて相当な使い手だな」 

フルミネア「それにしても……どうして彼は助けを呼ばなかったのでしょう……」 

パール「呼ぶ前に斬られてしまったということでしょうか」 

 うそ……あのオヴィ君がそんなあっさりなんて……ありえないよ……。 

 結局何も分からないまま、私たちは解散した。思えば、どうしてこのときみんなで一緒にいなかったんだろう……。 

 夜、私は眠れないで、ベッドの中で包まって一人で震えていた。さびしいとか悲しいとか怖いとか、色んな負の気持ちが溢れてきて……だめだった。 

 だめ、眠れない。私は外へ出た。オヴィ君が倒れていた床を見つめる。 

 屋上へ行こうとしたけど、外は危ないかなと思ってやめた。 

 ……さびしい。 

 そうだ、クリスに会いに行こう。 

 私はクリスの部屋に行った。ノックしたけど出てこない。あれ……寝ちゃったのかな。 

 フルミネアの部屋に行く。ノックするけど出てこない。フルミネアもか……。 

 パールの部屋に行くけど、ここも同じ。みんな、よく眠れるなぁ……。 

 ミクちゃんの部屋に行ったら、彼女はノックに反応した。 

「ふあーい」 

 でもかなり寝ぼけてた。あぁ、起こしちゃったな。 

「ごめん、寝てたよね」 

「ふあーい。なんでしょう」 

「……う、ううん。なんでもないの、起こしちゃってごめんね」 

 私はパタパタと走っていった。 

 ギル君の部屋をノックしたけど、ここも反応はない。眠れない人はいないのだろうか。 

「……あれ?」 

 とそのとき私はドアが開いていることに気付いた。 

「開いてたんだ。おじゃましま~す。ギル君?リディアだけど……みゅう」 

 でも返事がない。部屋は薄暗い。ベッドを見るが誰もいない。トイレかシャワー?でも灯かりもないし気配もない。 

「……おでかけ?」 

 私は部屋を出て1階へ行った。でも誰もいない。 

「おかしいなぁ……」 

 先生の部屋に行ってみた。ノックすると「どうしたの?」と声がする。声からして寝てたみたい。私は「なんでもないです、ごめんなさい」というと2階に戻った。 

「屋上……かな」 

 私は屋上へ上がった。けど、誰もいなかった。 

「ギル君、どこに行っちゃったんだろ……」 

 歩いてたら疲れてきた。なんだか眠い。これなら寝れそうだ。 

 とそのとき、私は視線を感じて振り返った。 

「あ……あ……」 

 私は口を開けたまま立っていた。そこにはセレン君が立っていたのだ。 

「セッ――!」 

 セレン君は声を上げようとする私を制し、「しーっ」と言った。 

 私は黙って駆け寄った。 

「セレン君!」小さい声で叫ぶ私「帰ってきてくれたのね!」 

 だけどセレン君は黙って首を振る。 

「え……だって……帰ってきたじゃない」 

「いや、帰ってきたわけじゃない」 

 冷たい声。私は唇をかみ締めた。 

「いやだよ、そんなの。帰ってきてよ。今大変なんだよ……」 

 そうだ、これを言わないと。 

「オヴィ君がさっきね……殺されちゃったの。今、みんな不安なの。セレン君が必要なの」 

「世界の歪みが必要なのか?」 

「ちがっ!」ムッとした「私は貴方が必要だって言ってるの!」 

「俺はアルシェじゃない。お前らの仲間じゃないんだ」 

 セレン君はふっと浮き上がる。またどこかに行ってしまうの?そんなのいや! 

 私は腕にしがみついた。 

「離せ、リディア」 

「離さない!だって私――」 

 クリスの言葉がふと思い出された。 

 そうだ、私……。 

「――私、貴方が好きだもん!」 

「え……」 

 セレン君は一瞬動きを止めて呆然とした。私は固唾を飲んで見守った。 

 だけど彼が悩んだのは一瞬のことだった。 

 小さく首を振ると、セレン君は私の指を外し、飛んでいってしまった。

2007年12月 6日 (木)

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<リファト>

 イヴィルの家で世話になって随分経った。もうすっかり冬になってしまった。森には雪が降り、木こりの作業も大変になった。室内で工芸品を作って売る生活が続いた。

 あれ以来、墓守は俺の仕事だ。コートを着込んでランタンを持って出て行く。墓場では火を炊いて良いと言われたので、焚き火を起こす。なに、燃料はいくらでも調達できる。

 今日も俺はランタンを持って外へ出た。ルビィさんには俺が墓守している間は見張るなと言ってある。

 出掛けにメルが「お兄ちゃん、寒くない?」と聞いてきた。

「寒いよ。でも火を焚くから」

「風邪引かないでね。さびしくない?メルも行こうか?」

「え……」どきっとした。女の子に会いにいくのを楽しみにしていることをメルに知られるのはバツが悪かった「い、いやいいよ。お前こそ風邪ひいちゃうだろ」

「そっかぁ……」

 俺はこそこそと外へ出た。

 薪を持って墓へ向かう。雪をどけて土を出す。そこに薪を置いて魔法で種火を作ると、すぐ燃える。

 パチパチ言い出したころ、「あったかそうだね」と言って例の女の子が来た。

「やぁ、こんばんは。今日も来たね」

「毎晩だもんね」

 平たい木を地面に敷いて女の子の席を作ってやる。手でぽんぽんと指示すると「ありがとう」と言って座った。

「もうしばらくなるね。どれくらいだっけ?」

「うーん、3カ月弱かしら」

「ここに来るたび会ってるな」

「うん」

「一緒にいてつまらなくないか?飽きたり」

「そんなことないよ。とても楽しい。そうじゃなきゃ来ないでしょ?」

「そっか。寒いの我慢して話してるだけなのにな」

「セレン君は楽しくないの?」

「楽しいよ。でも俺は仕事がてらだから。君は仕事でもないのにこんなところにいなくちゃならないなんて不公平だって思ってね」

「そう。私はいいよ。セレン君と一緒にいられて」

「そっか……」俺は顔を赤らめながら俯いた。

「あのさ……君の名前、いい加減教えてくれないか?」

 ふふと笑う女の子。女の子が口を開いたとき、バチッと火が飛んだ。

「あぶなっ」

 焚き火を見る。するとその中に何かが見えた。

「……なぁ、火の中に何かいないか……?」

「えっ?」

 女の子が覗き込むと、火の中に邪悪な瞳が現れた。ギラっと彼女を睨みつける。

「危ない!」

 俺は女の子を押し倒した。

 火は女の子をいたところを通り過ぎると、やがて犬になった。

「なんだ、こいつっ!」

「アデルッ!?」

 女の子は身構える。

 それは火に包まれた犬だった。こちらを見て唸っている。

 俺は剣を抜いて斬りつけた。が、斬りつけようとすると火に姿を変えてすり抜けてしまう。

「セレン君、どいてっ。――vext!」

 氷の魔法が犬を襲う。ところが犬の炎のほうが強い。

 犬は炎を吹き付ける。俺と女の子はたまらず、吹き飛ばされてしまう。

 まずい、こいつは強いぞ……。俺は倒れながら女の子の手を取ろうと腕を伸ばした。ところが掴んだのは石だった。

「くっ!」

 とっさに犬に石を投げつけた。投石なんて無力なのに。

 案の定、石は炎となった犬の体をすり抜けてしまった。

 ところがそのとき俺は異変に気付いた。石がすり抜ける際、石が緑に光ったのだ。

「なんだ……今の。火に包まれて光る石なんてあるのか?」

「……ヘンだね」

 女の子が擦り寄ってくる。すると彼女はハッとする。

「あっ!もしかしたらあれ、魔石かもっ!」

「魔石?」

「強力な魔力を帯びた石よ。お願いセレン君、取ってきて!」

「あいよっ!」

 剣を取って犬に突っ込む。俺は切りかかると見せかけて体ごと体当たりした。火に変わった犬の中を一瞬で通り抜け、地面を転がる。墓石に頭をぶつけつつも、石を拾う。うあ……頭がくらっとする。鼻血でたかも……。ツーンとした味がするよ……。

「確かこれだったな」

 しかし、顔をあげると目の前に炎があった。

「しまっ……」

 炎に焼かれ、もんどりうって倒れた。

「お兄ちゃん!」

 俺が倒れると同時に甲高い声がした。メル……か。騒ぎを聞きつけてきたのか……。危ない……女の子を連れて逃げるんだ。

 ぱっと右手が握られた。ふと見ると女の子がこっち側にきていた。

「やっぱり魔石だわ!しかも神を召喚する力を持っている」

 女の子は犬に対峙した。

「ketta, ti del mir poten dol tu! vand-ac la!」

 女の子が祈ると、魔石が緑の光を放ち、中から鳥が現れた。とても大きな鳥だ。

「リファトだわ!」

 それは朝と昼と夕と夜を司る神の鳳だった。風、火、雷、氷の魔力を宿しているという。  リファトはまず風を起こし、犬の火を消し飛ばした。次に火を起こすと、犬の身を犬とは異なる火の力で焼いた。続けざまにいかづちを放つと犬の身を焼き、最後に咆哮すると、ブリザードを吹かせて犬を吹き飛ばした。

 どれもものすごい威力だ。オヴィの雷をしのぎ、ギルの炎をしのぐ。これが神の力……。カコの時代の戦士たちが使ったとされる最強の魔法か。

 召喚魔法の圧倒的な力に俺は見とれた。

 リファトが石の中に去った後、墓地には犬の焼け焦げた跡だけが残った。

「……すごかったな」

 俺はぺたんと尻餅をついた。

「ね」

「君のおかげで助かったよ。情けないな、俺。女の子に助けてもらって。やっぱ使徒じゃないからかな」

「そんな風に言わないで。貴方が石を見つけ、取ったのよ」

「……そうだ、メルは?さっきメルの声がしたんだ。危ないと思って……」

 あれ、でもいない……。おかしいな、空耳だったのか??

「俺、帰るよ。メルが心配なんだ」

「そう?」女の子はにこっと笑った「妹さんなの?」

「え?あぁ、まぁそんなところだな、血は繋がってないけど」

「その子のこと大切?」

「あぁ、まぁね」

 俺は頬を掻きながら答えた。

「好きなの?」

「んー、まぁ……」

 女の子はにこっとすると「じゃあまた明日ね」と言って歩いていった。

「君が懲りなければ」と背中に声をかけると女の子は振り向いた。

「懲りないよ……貴方が好きだから」

「……」

 俺は聞こえない振りをして歩いていった。いま、どういう意味で言ったのだろう……。俺はあの子のことをどう思っているのだろう……。

 家に帰る途中、がさっと音がした。

「あれ、まだいたの?」

 しかし声がない。

「……メルか?」

 そうでもないようだ。

「イヴィルさん……?」

 返事はない。俺は剣に手をかける。

 すると中からスッと現れたのは、なんとあのアクタカだった。

「こんばんは、世界の歪み」

「……お前か」

 俺は地面に座った。

「何の用だ?まぁ座れよ、雪だけど」

 しかしアクタカは立ったまま話す。

「お前は使徒が憎いか?」

「そんなわけがないだろう」

「だが、あいつらはお前を助けなかった。それどころか裏切ったぞ。何も世界の歪みはお前の責任ではない。なのに散々一緒に戦ってきたお前の仲間はお前を擁護するどころか、歪みと認めそうになっていた。違うか?」

「それは……」

「それに、なぜあのあと誰も追いかけてこなかった。なぜ誰も探しにこない?もう何カ月も経つのにだ。お前のことなどすっかり忘れてだ」

「……だからなんだよ」

「これを見るか?」といってアクタカは空中に映像を浮かべた。

「面白い魔法だな……」

「お前がいなくなってから使徒が何をしていたか。彼らは襲い来るアデルからアシェルフィを守っていた。お前がいなくなった後も何一つ変わりなく、な」

「そうか、安心したよ」

「本当にそうだろうか?自分が悪いわけではないのに仲間に擁護されず、追いかけにも来てもらえず、彼らは何事もなかったかのように過ごしている。そんな連中を仲間だといえるのだろうか」

「……」

「セレン、少しは怒っているんだろう?「リディア、なぜ俺に付いてこなかった?オヴィ、なぜお前は俺を責めた?みんな、俺のことなんかどうでもよかったのか」――とな」

「……黙れ」

「いいだろう。黙ろう」

 それきりアクタカは本当に黙ってしまった。雪が冷たい。俺は唇を噛んで立ち上がった。

「何なんだよ。一体お前は何しにきたんだ。嫌味言いにか?」

 黙れと言ったわりに質問してしまった。

「いや。君に魔法をかけに」

「なんだって?」と言ったとき、アクタカは手から粉を振った。紫の粉だ。キラキラ光っている。それきり、俺の意識は遠のいていった。

11月27日

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<忍>

「お兄ちゃん、ラルドゥラお兄ちゃんを探しにいこうよ」

 ある日、突然メルが言い出した。

「あいつを?」

「会いたいよ。彼はお兄ちゃんの味方だったはずだよ」

「どういうことだ?」

「だってお兄ちゃんが出てくとき、一緒に出て行く感じだったもん。きっと国に帰っちゃったんだよ」

「国……ねぇ。そういえばあいつはロロスの出身だとか言ってたな」

「あのとき出て行ったのはお兄ちゃんで、それについていったのはメルとラルドゥラお兄ちゃんだけなんだよ。だから会いにいこうよ」

「あぁ……そうだな、分かったよ」

 俺は事情をイヴィルに話すと、数日家を空けることにした。

 墓守の夜に会っている少女のことが気になったが、まぁしょうがない。

 メルを連れてロロスまで飛んだ。首都から離れたところにある大きな山の中が故郷と聞いていたので、その山に足を踏み入れてみた。

 冬の山は寒い。俺はメルに手袋を着け、耳が寒くならないように、メル曰く「ぽよぽよ」を彼女の耳に着けた。

 しばらく山を登っていると、突如「誰だ!」という鋭い声に襲われた。

 木々の間からこだまする声。相手は見えないが人間の女のようだ。

「アルバザードから来たセレンという。こちらの少女はアルシェの使徒のメルだ。アルシェの使徒ラルドゥラがこの森に住むと聞いて尋ねてきた。相違ないか」

 大声で答えるとしばらく沈黙があった。メルが不安そうな顔で俺の袖を掴む。

 やがて、答えが返ってきた。だがそれは明らかな拒絶だった。

「帰れ!」

「ラルドゥラがいるかどうか問うている。いるのなら帰らん!」

 はっきりとこちらの意思を伝えた。すると木の上から少女が降ってきた。

 とさっと地面に降り立つと、俺をじっと睨み付けた。

「大人しく帰ればよし。さもないと」

 少女は鎖帷子の上に浅葱色の装束を着ている。装束は短く、肌が露出している。よく寒くないものだ。

 少女はすばやく脚につけた苦無を取ると、身構える。

「好戦的だな。俺は仲間に会いにきたんだが」

「よそものは去れ!」

 少女はユノを込めた苦無を投げた。俺は手で弾き落とす。

 と思った瞬間、少女の顔が目の前にあった。

 ――速い!なんて運動神経だ。

 少女は地面に手をつくと、腕のバネで跳ね上がって俺の顎を蹴り上げた。

 そして手で印を組むと、突如呪文もなしに烈火を巻き起こした。

「うおっ!」

 俺は慌ててよける。なんだ今のは!

 少女は俺を逃さない。

「落ちよ、水柱!」

 少女の声とともに滝が俺を打つ。痛いし冷たい。寒いのに、ほんと適わないよ。

「止まれ!」

 少女が叫び声を上げて俺を睨みつけた。突如その眼が金色に光りだす。その眼を見た瞬間、脚が動かなくなってしまった。しまった、金縛りってやつか。

 動けない俺に向けて立て続けに苦無を投げつけてくる少女。ガードしきれずユノが削られていく。

「な……一体どこにあんな武器を隠し持ってやがんだ……」

 見上げたことに、少女は足の裏からも黒いナイフ状のものを取り外すと、俺に投げつけた。こりゃかなわん、まるで武器の倉庫だ。

 金縛りが解けた俺は全力で彼女に突進し、思い切り体めがけてぶつかった。すると少女は腹に突撃を食らって気絶した。

「ふぅ……なんだったんだ、この子」

「大丈夫、お兄ちゃん?」

 とことこメルが歩いてくる。

「あぁ。それにしてもなんだろね、この子は」

 顔を覗き込んだら、急に少女がカッと眼を見開いた。

「うわっ!ビックリした!」

「く……ここまでか、無念!」

 少女は胸の内側から苦無を取り出すと、自分の下腹部をめがけて突き刺そうとした。 「おい!」

 俺は咄嗟にその手を掴んで止めた。

「離せ、何をする!」

「いや、そりゃこっちのセリフだって!君こそ何してるんだ!」

「死後に辱めを受けないようルルットに決まっている!離せ!」

「は、離すもんかい!こんなとこで死なれてたまるか!」

「だめだ、このままでは一族にも兄様にも面目が立たない!」

 力づくで苦無を奪い取ろうとする少女の頬を俺は叩いた。少女の動きが止まる。

「何が何だか分からないけど、いきなり出てきていきなり襲ってきていきなり死なれたらかなわねえよ。どうしても命を捨てたいんなら止めないが――」

「分かった。なら人のいないところで死のう」

「そうじゃないって。俺が言いたいのはだな、どうせここで命を捨てるんなら、俺に預けろってことだ」

「何?」

「俺は君がなんでそんなに慌てているのか分からない。でもここに入ろうとした余所者を追い出すのが義務で、負ければ死ってことは理解できた。だが実際死なれても困る。君の命は勝った俺のものだ。俺が処遇を決める権利があるだろ。違うか?」

「……」

 少女は押し黙る。

「じゃあ、その命、俺に預けろよ」

「私の命を……」

「そう」

 俺は内心「無理があるかな」とヒヤヒヤしつつも、あくまで眼力で押し通してみた。

「……分かった。従おう」

 案外少女は素直に従ってくれた。

「そうか、よかったよ」

 俺は胸を撫で下ろした。

「では、若」

 少女はざっと膝をついて座る。

「は?」

 ……若ってなんだ?

「以後、私の命が尽きるまで、忠誠を誓います」

「……あ……あぁ」

 なんだか凄く精神的に激しい人に懐かれてしまったようだ……。

「あの……ところで君の名前は」

「ルビィと申します」

「ルビィ……さん。あの……それで、ラルドゥラってやつを知ってるか聞きたいんだけど」

「兄様はこの山のどこかにおられます」

「そう……。え――兄様!?」

メル「ラルドゥラお兄ちゃん、妹がいたのね……」

 ルビィさんを仲間にしてから、俺たちは山のどこかで寝泊りしているラルドゥラを探して回った。

 どうもこの山はルビィさんのような特殊な力を持った暗殺集団の村があるそうで、彼女たちは忍者と呼ばれているらしい。

 ラルドゥラは村にいつかず、山で自活しているのだという。

 しばらく歩き回ってラルドゥラを見つけた俺たちは、久々の再会を喜び、しばらくそこで寝泊りすることにした。

 そして数日間そこで過ごした後、俺たちはイヴィルの家に帰ることにした。ラルドゥラは山に残ったが、ルビィさんは俺に忠誠を誓ったからとかなんとかで、俺たちについてくることになった。

 どうも後から知った話だと、忍者は生涯にただ一人の主君を持ち、忠誠を尽くすとのことだ。ルビィさんは俺に口説かれ、俺を主君と認めたとのこと。なんだか随分と光栄な話だな。

 忍者は主君を付かず離れず見守り、安全を確保するのが仕事のようだ。イヴィルの家に戻っても部屋を持たず、ただひたすら外の木々の間で寝て暮らし、俺を見守った。家に入ればいいのにと誘うのだが、これが忍者の流儀なのだそうだ。

 なんだか妙なことになったが、仲間が増えたのは嬉しいことだ。

*実際の忍者とは違うロロス流の忍者観w 韓国にも忍者にあたるものはいるのだろうか。

11月21日

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<おしゃべりな悪魔>

mel 5 mik fav

 秋。金木犀がそろそろ香るかというころだった。 

 雨が降っていた。 

 学校から帰ると夕方の雨の独特の匂いを感じながら、俺は玄関で靴を履き替えた。後ろからぞろぞろ皆が付いてくる。大所帯になったものだ。 

 部屋に散開したものの、雨で手持ち無沙汰になったのか、クリスが魔法電話の内線で皆を居間に集めた。 

 居間で紅茶を飲みながら賭けをしたりしてカードで遊んでいた。楽しいひと時だ。俺たちはそもそも使徒として、テームスを倒すために集まっている。だが、それ以前に家族同然のつながりを持った仲間でもある。彼らといるときが最も幸せな時間だ。 

オヴィ「最近、異性魔王は現れないな」 

クリス「使徒が全員揃ったからビビって出てこないんじゃないの」 

パール「それにしても異性魔王はどうして現れるんでしょうね」 

「そうねぇ……」珍しく遊びに参加していたリーザ先生がリディアの手からカードを1枚取りながら答える「彼らがソーンに関係していることはわかってるんですけどね」 

クリス「ねぇ、先生、ソーンにも使徒はいるんでしょう?彼らもこうやって私たちみたいに一緒に暮らしているの?まずは異性魔王を倒す。それからソーンを倒す。そしてテームスを倒す。これが私たちのすべきことなんでしょう?」 

リーザ「そうみたいねぇ」 

 先生の気のない返事にクリスはちょっとムッとした顔をした。 

「先生って絶対何か知ってると思うのよね。異性魔王の中に先生を見て驚いた奴がいるし。それに、先生の力、ふつうの大人じゃ考えられないわ」 

 しかし先生は何も答えない。 

 クリスは正しい、と俺は思う。先生は絶対何か知っていると思う。それに、俺たちを事実上指揮しているのも先生だ。 

 先生は何かと用意周到なときがあるし、何かイレギュラーが起こってもさもそれが当然というような顔をすることがある。つまり、始めからそうなることを知っていたかのような顔をすることがあるのだ。 

 アルバザードが襲われたとき、パールの魔法で俺たちはエルトアから帰ってきた。あのときだってパールの魔法がなければ間に合わなかったはずだ。なのに先生は平然とエルトアにいる俺たちに連絡してきた。あたかもパールの魔法を始めから知っていたかのようだった。 

 でも、そういう疑いをかけるたび、先生は押し黙って答えない。あるいははぐらかしたり、必要のないことを聞くなと暗に叱ったりする。 

 クリスはしばらく先生を見ていたが、先生は何も返さなかった。 

オヴィ「まぁ、そもそもどうして異性魔王が生まれたのか、なぜテームスが復活したかのほうが興味あるけどな」 

ギル「テームスはカコの時代に一度封印されたんだよな。人間のかけた封印だから弱いってのは分かるけど、でもなんで今急に解けたんだろう」 

リディア「そもそもテームスが生まれたのはユーマが生まれてエルトとサールの力のバランスが崩れたからだよね」 

フルミネア「バランスの崩れた歪みが原因で生まれた強大な力がテームスです」 

リュウ「つまり、テームスは世界の歪みに比例して強くなる……と」 

メル「じゃあ、今回の復活も世界の歪みが関係してるってことかなぁ」 

オヴィ「歪みが復活を促進させたってことか。だがその歪みってのが何なのかわからねぇな」 

 オヴィがため息をついたとき、彼のカードが1枚抜かれた。誰だ?使徒のメンバーは目の前にいるはずだが……。オヴィはふっと顔を上げる。するとそこには見たこともない青年が立っていた。 

オヴィ「うっ、うぉっ!お前、どこから入りやがった」 

 斧に手を伸ばすオヴィ。しかし青年はその手に自分の手を重ねて静止した。 

「……」 

 何も言わない青年。 

リュウ「音もなくアルシェの家に侵入ですか。たいした力ですね。で、貴方は誰ですか」 

「私はアクタカ。お前は世界の歪みが何であるか知りたいといったな、少年」 

 オヴィに話しかける男。 

オヴィ「確かにそうはいったが、お前なんざ呼んでねぇぜ」 

「まぁそう言うな。世界の歪みを教えてやろうではないか」 

 するとリーザ先生がすっと立ち上がり、アクタカに向かってユノを放った。アクタカはカードを前にかざすと、ユノを受け止めた。 

リーザ「くっ!」 

 ユノが得意でない先生は顔をしかめると、魔法を唱えだした。するとアクタカは座っているリディアの首根っこを掴んで、子猫のように持ち上げた。 

リディア「ひゃあぁん!」 

「撃つならお前の大事なこの娘を盾にするが?」 

リーザ「……ふっ、リディアごとお前を焼き払うといったらどうするつもり?」 

 するとビクっとした顔でリディアは先生を見た。 

セレン「ridia, teo, tu et passo. xanxa kyo-i nos vand-o la kav ti as. ol an ku-o ketta, son ti lef-ac 

 俺はリディアに謎の言葉を放った。リディアは無言のまま表情も変えなかった。 

アクタカ「大人しく私の話を聞くがいい。世界の歪みは目の前にあるのだ」 

オヴィ「なんだと?」 

「ユーマはこの世界に生まれるはずのなかった命だ。それが生まれたことで世界が歪んだ。それと同じことがまた起こったのだ」 

 するとアクタカは俺を指差した。 

「異世界の少年セレン……お前がその歪みだ」 

「……え?」 

「お前はルシーラでもアルシェの末裔でもない。なぜなら、お前は悪魔メルティアが異世界から召喚した人間だからだ」 

「俺が……異世界人?」 

「お前は元の世界で自分の境遇に辟易し、異世界に逃亡したいと願った。それを叶えたのがメルティアだ。彼はお前にこの世界への鍵を与えた。そしてお前はその小さな鍵で、異世界レカイへの扉を開いたのだ。この世界に歪みを与えテームスを復活させるのと引き換えにな」 

「そんな……一体お前は何を言っているんだ。なんだ……俺はルシーラではない……のか。それどころか、みんなと仲間ですら……ないのか?そう言いたいのか?」 

「そうだ」 

「なぜ、そんなことを今更……俺は自分がアルシェの使徒だと信じて……何年も……」 

「少年」アクタカはオヴィに話しかける「世界の歪みを取り除くのとテームスに万もの民が殺されるの、どちらを望む?」 

「いいかげんにっ」リーザ先生が魔法を唱えた。 

ridia, ketta! 

 俺が叫ぶとリディアは走り出した。突然のことでリディアを逃がすアクタカ。そこに先生が魔法を撃つ。 

リーザ「去れ!おしゃべりな悪魔よ!」 

 アクタカは炎に包まれ、消えていった。 

リュウ「どうやら逃げられたようですね」 

リディア「セレン君の言葉のおかげで助かったよ」 

セレン「遊びも役に立つものだな」 

 実は俺が喋ったのはアルカを元にした暗号だ。俺とリディアが遊びで始めたもので、アルカを作り変えた暗号なのだ。この遊びは出会った10歳のときから続けている。 

 いつかこの言語がちゃんと文法とか辞書とかを持つようになって有名になったら面白いのになぁと思うのだが、世界中の人間がわざわざ自分の言葉を捨てて暗号なんか使うわけがない。こんな言葉遊びは遊びのまま終わらせるのが一番だ。 

 だがこんなのでも役に立つのだな。こうして彼女を救えたのだから。 

 ――などと一息つく間もなく、静寂が訪れた。 

 俺は苦い顔をして立っていた。みな、座る。誰も喋らない。 

 アクタカの言葉が耳に響く。残響のように。 

 俺は……異世界人……俺が……世界の歪み……。 

オヴィ「あいつの言った言葉が本当だとするなら……」 

 皆の目がオヴィに集まる。重い、オヴィの言葉。 

オヴィ「……リディアの母親が死んだのも……」 

セレン「……」 

オヴィ「カイラがサプリの村を襲った……。カイラはアデルだ。アデルはテームスが生んだ。テームスを復活させたのは世界の歪みだ。そして……」 

 オヴィはそれ以上何も言わなかった。俺はあまりの居づらさに、黙っていることができなくなって声をあげた。 

セレン「そして世界の歪みが俺だ。……じゃあ、俺を斬るか?」 

オヴィ「…………」 

 長い沈黙。オヴィは言葉を発しない。 

セレン「お前が言ってるのはそういうことだ。歪みの俺を切れば、問題解決だろ」 

「ちがうよっ!」メルが金切り声を上げた「お兄ちゃんを傷つけてもテームスの封印が解けた過去は変わらないもの!」 

クリス「メル……。そうね」 

セレン「だが」俺は椅子を引いた「俺が来たことでテームスの封印が解けたという罪は変わりあるまい。俺こそ世界の悪魔だ。リディア、お前の家族を殺した、な」 

リディア「……」 

 リディアは青ざめた顔で下を向いている。 

 俺は舌打ちすると居間を出た。 

リュウ「セレン!どこへ行くのです!?」 

セレン「……悪魔となんか一緒に暮らせないだろ。それに俺はお前らとは違う。アルシェの使徒でさえないんだ」 

フルミネア「でも、貴方には額の紋章があるじゃないですか」 

セレン「だとしても、だ」 

 俺は玄関に行くと、ドアを開けた。 

 リディアがよろよろと近付いてくる。 

リディア「え……待ってよ。どこに行くの、ほんとに。え……だって私に言ったじゃない。行く宛てがないから一緒に暮らそうって。私、言ったじゃない、親が死んじゃって寂しいから一緒にいてって」 

「……すまんな」 

「行く宛なんかないでしょお……?」 

「……俺くらい強ければどこでも生きていけるさ」 

「アシュのとき、貴方を引き止めた私にキスして逃げたけど……今度は黙らされないから」 

 俺は玄関を開けた。 

「じゃあ今度はお別れのキスはなしだな」 

 そういってドアを閉めた。 

 静寂と闇夜。 

 冷たい風にふぅとため息を吐いた。 

 くいっと袖の引っ張られる感覚に下を向くと、メルがいた。 

「……メル、お前どうしたんだ」 

「メル、お兄ちゃんがいないと生きていけないよ。お母さんに約束したでしょ、メルの面倒みるって。なのに捨てちゃうの?」 

「ここで暮らしてる方が安全だし、生活もできる」 

 メルは首を振る。 

「おにいちゃんがいないと、生きていけない。そういったの」 

「……そうか」 

「メルも一緒に連れてって。どこでもいいよ。今度はメルと一緒に暮らそ?」 

 俺はメルの頭をぽんぽんと撫でた。 

「あぁ、そうだな。一緒に暮らそうか」 

 俺はメルをおんぶすると、ふっと空へと飛び上がった。 

*中2のときアルシェを離脱したことがある。半年ほど。このとき味方についたのはメルだけだった。リディアはここで俺を失ったことで俺が好きだったことに気付いたそうだが、このとき味方しなかったことで俺は付き合ってからも信用しきれなかった。 

 アルディアでは「異世界人」だったという設定だが、このときのモデルとなった実際の話は、後のアルバザード組みが結成されたときに非難されたことだ。「親ありの飽食な東洋の日本人で、アルバザードに来るのを拒んで日本に居続けた裏切り者」。ザナだってフランスに残ったのに新参だからとかリーダー格じゃないからとか航路が近いからとか。あれが人種差別でないならなんだ。まぁ初めの頃だし右も左も分からなかったしみんな子供だったのだろう。 

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<ダイズアイライ>

 2人の異性魔王を立て続けに倒した俺だったが、さすがに疲れが溜まってしまった。だが、短期間に2人も倒したこともあって、次の異性魔王は中々現れなかった。臆しているのか弾切れなのかは分からないが、いずれにせよ一時の休息を楽しまない手はない。 

 などと喜んだのもつかの間、すぐに事件が起きた。 

 それはあるアデルに端を発するものだった。 

 カイラなどの強いアデルも倒せるようになった俺たちは、アデルなど雑魚で問題は異性魔王だと考えていたが、それは甘かった。 

 普段は洞窟など薄暗い湿ったところにしかいないアイライというアデルがいる。大抵は天井にへばりつき、人の呼吸を感知するとヒルみたいに上から落ちてきて、溶かしたり窒息させたりするゼリーみたいな奴だ。 

 中には有毒な奴もいるが、大して強くない。森を歩くときの蜘蛛と同じように、ただ邪魔なだけな存在だ。 

 ところが、このアイライが病気にかかった。それで死滅してくれればいいものを、何を血迷ったかこのアイライが急激に増殖し、巨大化した。 

 それは洞窟からあふれ、森を伝い、しまいには民家にまで押し寄せた。あまりの大きさに人々はそれをダイズアイライと呼んだ。王たるにふさわしい大きさだった。 

 村人は速やかにこれを排除したが、厄介なことに病気だけが残った。殺すほどに病原菌を吐き出してダイズアイライは死んでいった。しかも増殖の方が早く、いくら倒してもキリがなかった。 

 このダイズアイライはケートイアのアデュ、あのアデュ収容所にある、鉱石の採掘場から起こったものだった。 

 開放されたとはいえ、アデュは衛生状態が最悪だ。それがダイズアイライを生んだ一因だったかもしれない。 

 ダイズアイライはケートイア国民を最初に襲い、その病原菌は瞬く間にアルバザードへと伝わった。そして留まるところを知らず、隣国、アルカット大陸、そしてアトラスの北半球のほとんどへと広がっていった。 

 ダイズアイライにやられると、人は高熱を出し、下痢と嘔吐を繰り返し、体に斑紋が出て、血を噴き出して死んでしまう。 

 潜伏期間はわずか3, 4日。そして死ぬまでに平均して1週間しかない。また、ひどいときはダイズアイライ自身の持つ毒により、半日で死んでしまうこともある。 

 アトラスはダイズアイライの駆逐に躍起になった。ところがあまりに数が多く、殲滅は不可能だった。ダイズアイライをすべて殲滅するには、アトラス上のほとんどの市街地を破壊しなければならないからだ。 

 とにかく対策はダイズアイライから身を守ること。ダイズアイライが入り込まないよう、戸締りをしっかりすること。 

 また、もしもダイズアイライに感染させられてしまった場合、潜伏期間以内なら助かる可能性があるため、早期発見がカギだ。これを受けてアシェルフィの学校も検査を義務付けるようにした。 

 この日、俺たちはいつものように家にいた。そろそろ夕飯の時間だ。今日の当番はリディアとメルか。 

 部屋を出ると、廊下に出た。そうだ、先にトイレに行っておくか。廊下のトイレに向かうが、先に誰か入っていたので待つことにした。 

 手持ち無沙汰で手をぶらぶらさせて辺りを見ると、トイレ横の出っ張りにコップが置いてあって、中にジュースが入っていた。誰かの飲みかけだろうか、ダイズアイライは唾液でも感染するらしいが、今のところ誰もかかっていないだろうと思って勝手に飲んだ。 

「……??」 

 口を離した。なんだこの味……それに……いやにぬるい。何か、そもそも飲み物ではない味がした。 

 そのときトイレから人が出てきた。リディアだった。 

「あ、セレン君。ごめんね。はい、どうぞ」 

「うん」 

 俺はコップを置いて入ろうとした。するとリディアは怪訝そうな顔をして俺の手を眺めた。 

「それ……何持ってるの?」 

「え、ここにあったコップなんだけど……お前のだったの?なぁ、このジュースすごく古いぞ、ヘンな味がする」 

「それ……私のおしっこ……」 

「ハァ!?!?」 

 奇声を上げ、俺はコップを置いた。だめだ、頭が真っ白になって何も浮かばない。これは……吐いたほうがいいのか? 

「な……なに小便入れてんだよ、コップに。バカか、お前は!?」 

「だって、今日学校で尿検査するように言われたでしょお!?ほら、このピペットで採って明日検査に持ってくって!忘れたの!?」 

  うぐ……そうだった。 

そういえば先生が今朝言っていた……。 

「だからってそんなところに置いとくなよ!」 

「人のジュースだと思って勝手に飲むからでしょお!てゆうか匂い嗅ぐなりしなよ、飲む前に!」 

 なぜだか逆ギレに圧倒され、俺は黙った。するとリディアは心配そうな顔をして俺の腕を掴んだ。 

「ねぇ……大丈夫?おしっこって飲んだらどうなちゃうのかな?リュウ君のところにいこ?」 

 リディアに連れられてリュウの部屋で事情を説明すると、リュウはくすくす笑いやがった。なぐったろかと思ったが黙っていた。 

「別に死にはしませんよ。体に害もありません。安心していいですよ」とリュウは言うと、忙しいのでといって追い返した。 

 そんな事件があった日の夜のことだった。 

 夕食を食べているときに、突然天井からダイズアイライが降ってきたのだ。 

 玄関を開閉したときなどに入ってきたのが増殖したのだろうか。 

 即座に天井をユノで照射し、ダイズアイライを滅ぼした。 

 同居しているリーザ先生が速やかに明日検査を行うように指示し、その場は散開した。 

 俺は自室に戻り、床についた。 

 ……それが俺の最後に記憶だった。 

 朝ごはんの時間になってもセレン君だけ降りてこなかった。いつも寝坊なんてしないのにおかしいなぁ。 

 私は呼びにいった。でも返事がない。 

 心配になって部屋をあけた。セレン君は寝てた。……冷たくなって。 

 はじめは私が呼んでも動かないのでからかってるのかとも思った。でもそうじゃない。触ったときに分かった。肩が冷たかった。 

 私は震えて声が出ず、その場にへたりこんでしまった。 

 ……セレン君は死んでいた。 

 どうして? 

 原因は昨日のダイズアイライしかない。毒にやられたんだろう。でもなんでセレン君だけ?私のおしっこ飲んじゃったからやっぱり具合悪くなってたのかな。だとしたら私のせいだ……私の……。 

 皆に報告すると、みんな慌てて部屋に来た。リーザ先生は信じられないような顔で青ざめていた。メルはものすごい泣き方をしていて、最後は発狂して苦手なケアの魔法をかけ続けた。オヴィ君たちがメルを引き剥がして取り押さえた。セレン君がダイズアイライにも感染していたら、触ることで感染するかもしれないんだって……。 

 私が呆然としていると、リュウ君がミクちゃんのおじいさんのところに連れていってフォルティスを試してもらおうと言い出した。 

 クリスに肩を抱かれながら、私はよろよろ歩いた。 

 外に出てパールの魔法でエルトアに行くと、私たちはファティスへ向かった。 

 ファティスでおじいちゃんに会うと、おじいちゃんはセレン君の様子を見て、病や毒で死んだものにフォルティスは効かないといった。私は目の前が真っ暗になった。 

 ところがおじいちゃんは、生者の体の一部を死者が持っていれば生き返れるといった。皆首を横に振った。それって例えばセレン君が死の直前に誰かの手足を食べたり、髪の毛を食べたりしないとダメだってことみたい。 

 あと、よくわからないけど、女の子の場合、子供を妊娠していればOKみたい。でもセレン君じゃムリだ……。 

 あきらめかけたとき、リュウ君が私を見てふふと笑った。どうして笑えるのと追及しようとしたら、リュウ君は「リディア、貴方のおかげでセレンは生き返れますね」といった。私が首をかしげていると、リュウ君はセレン君が昨日私のおしっこを飲んでしまった話をした。 

 おじいちゃんは驚いてたみたいだけど、おしっこでも行けるみたいで、やってみようという話になった。 

 ただ、飲んだおしっこが代謝されてさらに排出されていれば意味がないみたい。 

クリス「それってどういう意味?リディアのおしっこが排出?んん?」 

リディア「私のおしっこをセレン君が飲んだでしょ。そのおしっこ分をさらにセレン君がおしっことして外に出し切ってたらアウトってことだと思うよ」 

クリス「ややこしいわねぇ。2度も排泄される水分なんて……」 

 そして、おじいちゃんがフォルティスを使うと、セレン君は見事生き返った。 

 セレン君は私にお礼を言ってくれたけど、私のおしっこで生き返ったって……とても汚い話だなぁ……。 

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<火の輪ント>

 なぜだろう。こないだのリグレットのときもそうだったが、異性魔王は最近チエをつけてきているようだ。

 今までのように学校に正面からやってくるのではなく、使徒が一人のところを襲うようになった。

 前回は俺が襲われた。それで、女子は特に一人で歩かせないようにしたのだが、どうも女子が一人でも襲われることはないようだった。

 かわりになぜか俺が襲われた。なぜだ。ルシーラ視されているから襲われるのだろうか。

 今日は学校から帰って、夕飯の材料が足りないのに気付いて街に出た。そのとき襲われたのだ。

 俺は商店街で材料を買い、帰り道の田舎道を歩いていた。左手は森だ。

 すると上空からいきなり火の雨が降り注いだ。奇襲により、俺は背中を焼かれて地面を転がった。

 熱くて転がったが、おかげで土で火を消すことができた。

「て、てめぇ、誰だ!?」

 上空を見るとエンノゥみたいな火の輪がいた。輪の中に顔がある。邪悪な獣のような顔だ。

「ぐるうるる」

 しかしそいつはリグレットと違って知能はないようで、何も答えない。そして火の雨をふたたび降らせた。

 俺はvextの魔法を唱えたが、俺は魔法を使えない。ほとんど無力なvextは一瞬でかき消された。

 まずい、火の属性が相手なのに黒魔導師のリディアがいないんじゃ話にならない。ここは撤退だ。

 走り出す俺。しかしそいつは俺が行く先に回りこみ、行く手を阻む。

「素早いな。くそっ、正面から撃つしかないか」

 俺はpamilvolkに冷気を乗せて放った。これは流石に食らったらたまらんと思ったか、そいつも輪を回転させて炎を生み出した。

 pamilvolkと炎がぶつかり合う。これは純粋な力勝負だ。異性魔王の力に俺が勝てるかどうかという問題だ。

 光が俺の視界を遮ったのが最後の映像だった。

 そして次に気がつくと、俺は自分の部屋のベッドにいた。リディアの顔が見える。

「セレン君、大丈夫!?」

「俺……どうしてここに?」

「道で倒れてたのよ。誰と戦ったの?」

「異性魔王。こないだ学校を襲った火の輪みたいなやつだった」

「そう……リグレットも一人で倒しちゃったし……セレン君、凄いね」

「ふぅ……。それにしても襲われたのがお前じゃなくて良かったよ、安心した」

「……あまり無茶しないでね。これからは一緒にいようね?買物も誰かと一緒にいくの。ぱっそ?」

「あぁ、分かったよ」

 俺は背中の傷が癒えているのに気付いた。

「これは……」

「フルミネアよ」

「そうか。みんなにも心配かけたな」

「私、カモミールティーいれてくるね」

 リディアはたたっと走っていった。

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